やりたい事をやってみる♪
以前から興味があったんですが、
最近料理に挑戦しています。
これは、
「薬味たっぷり鶏ササミ納豆丼」です。

次は「ひじきとキノコの炊き込みご飯」です。

いちおうヘルシーを意識して作ってみましたヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ
もっとレパートリーを増やしていきたいです。
ご~どりっひ
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以前から興味があったんですが、
最近料理に挑戦しています。
これは、
「薬味たっぷり鶏ササミ納豆丼」です。

次は「ひじきとキノコの炊き込みご飯」です。

いちおうヘルシーを意識して作ってみましたヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ
もっとレパートリーを増やしていきたいです。
ご~どりっひ
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GWさるく記もいよいよ最後です。
5月6日にさるいたコースはコース番号6番
「文人墨客も思案した」です。
有名な思案橋です。
お昼にここを訪れるのはこんな機会でもない限りないでしょう。
思案橋の由来はその名の通り、
花街へ行こうか戻ろうか思案橋というように
遊びに行くべきか?行かざるべきか?ハムレットのように思案した事が
由来といわれています。
ちなみに僕は決断に迷う事はありません。
思案橋の通りの街灯には坂本龍馬やシーボルトなど長崎や思案橋に
ゆかりの歴史上の人物が飾られています。
見返り柳と思切橋です。
花街で一晩遊んだ御仁が遊女への未練を感じ振り返り、
そして未練を断ち切る場所だったことから名がついたそうです。
料亭花月です。
入口には遊女の儚い人生を稲妻に例えた俳句が詠まれています。
長崎検番です。
芸者の手配および統括をする場所で
あのぶらぶら節の愛八さんも所属していました。
丸山界隈はこのような細い路地がいっぱいです。
花月の裏門です。それにしても大きな屋敷ですね。
長崎ぶらぶら節の作家なかにし礼さん直筆の文学碑です。
梅園身代わり天満宮です。
その名の由来はこの界隈の親分的な方がある日槍で脇腹を突かれた際、
その人は無傷だったのにほこらの天神様が血を流し倒れていたという
逸話からだそうです。
遊女や芸者衆が「苦労がありませんように」と願をかけて梅を入れた梅塚です。
歯痛の際に願掛けをする狛犬はチュパチャプスまで咥えさせられてました。
しかもよだれがだらだらです。少し可哀想。
通称丸山のオランダ坂。別名紅毛坂だそうです。
現在の正覚寺の電停あたりから当時の外国のお偉いさんが花街へ行く際に
使っていた道だそうです。
遊郭が栄え、華やかだった時代の長崎が偲ばれる今回のコースでした。
今日までに消化したコースは7コース。
残り45コースです。
暑くなるまでにもう少し頑張ってさるいてみたいです。
ご~どりっひ
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5月5日の日に参加したのはコース番号12番
「龍馬が見上げた長崎の空」です。
集合場所の出島からバスで風頭公園まで移動しました。
小川旗店さんを見学した後、旗上げを実際に見ることができました。
天気も良かったしとても気持ちの良かったです。
風頭公園から望む景色。良い景色でした。
坂本龍馬像とご対面です。
赤と白は亀山社中の旗印だそうです。
しびれる台詞です。
日本の写真界の父と呼ばれる上野彦馬さんのお墓もあります。
それにしても素晴らしい眺めです。
道中は幕末の志士達が道案内をしてくれます。
若宮神社です。竹を使った竹ん芸で有名な神社です。
小さいアーチ橋も古びていますが歴史を感じます。
資料展示場はこの日満員御礼で、少し待ち時間が発生しました。
龍馬のブーツです。
長崎市内で実際にオーダーメイドで製作してくれるところがあるそうですが、
5万円近くするそうでびっくり!
現在は改装工事中の亀山社中跡地です。
来年は福山雅治主演の大河ドラマも始まります。
何だかほのぼのしている龍馬さんです。
山の上から降りて市街地へと戻るコースでしたが、途中の町の景色も
楽しめる場所の多いコースでした。
ご~どりっひ
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5月2日の午後のコースはコース番号7番。
「高島秋帆旧宅跡から大徳寺へ」です。
午前中の茂木コースで多少疲れていましたが、午後からも元気に
さるいてきました。
電車の最終駅からあるいてすぐにある正覚寺です。
「長崎茂木街道ここに始まる」と記されていますが、
茂木街道は江戸時代の長崎にあってとても重要なルートだったそうです。
このお寺にはお寺なのに?
立派な陰陽石があります。
何のシンボルかはご想像にお任せしますが、子孫繁栄を願って
建立されたもののようです。
まるで城のような壁ですが高島秋帆さんの別荘兼私宅だったそうです。
高島秋帆さんという方は有名な砲術家の方で、長崎でも名家の高島家に
生まれて若くして町年寄(現在の市長?)を任され長崎の警護を一手に任されて
いたそうです。
邸内には砲術練習に使用されたとされている石?がありますが、
ガイドさんは何かの間違いか高島さんを危険人物として陥れるための
謀略だったのではないかとお話していました。
この界隈はかつて遊郭があった事でも有名ですがここは中の茶屋です。
この建物は昭和51年に建て直されたものだそうです。
とても立派な日本庭園が中にはあります。
ガイドさんのお話だと遊女さんにも当然ながらランクがあって、
最上クラスの遊女さんとお茶遊びをする場合は、
まず恋文を書き、遊女さんが了承したら今度は模擬結婚式を挙げてから
やっとお茶遊びが許されるくらい大変な事だったらしく、
その費用も莫大にかかったそうです。
遊郭の近辺には有名無名の遊女さん達の墓石があります。
かつて遊郭だった場所です。昔の雰囲気が偲ばれます。
丸山公園から片町通り。
楠稲荷神社です。
楠の大木。
長崎の七不思議といわれる、
「寺もないのに大徳寺・・・」
かつて唐人屋敷が繁栄していた時代はお寺が存在していたそうですが、
その後多額の負債を抱える事になりお寺の本体は切り売りされる悲しい
運命です。
現在は焼餅で有名で長崎市民にとても親しまれています。
焼餅はとても大きく中にはあんこがぎっしり!
とても美味しかったです。
ご~どりっひ
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その弐は5月2日にさるいてきました。
この日は初のさるく梯子w(゚o゚)wで1日に2コースさるいてきました。
午前中はコース番号25番。
「茂木みなと散歩」です。
ここが集合場所のまちかど茶屋という場所。
集合するなりお茶とお菓子を振舞っていただき感激です。
四国の八十八箇所巡りのご利益を願い四国の各霊場から砂を運んで
札所を設けたそうです。
茂木ではいたるところで札所を見つけることができました。
京都でもよく見かけましたが、こういう家と家の間の小道が
茂木にはあちこちにあり、「ショウジ(小路)」と呼ばれています。
茂木といえば茂木枇杷が有名です。
まずは枇杷の集積所から案内していただきました。
枇杷の産地らしく地元の枇杷産業に貢献された方の銅像がありました。
茂木はかつて長崎の奥座敷といわれ避暑地として幕府の役人の別荘や
外国人の為のホテルまであったという事です。
茂木は熊本や鹿児島方面の荷役用の港として活躍していたそうですが、
入り江には船のトモ綱石があります。
これは現在はもう殆ど国内では見られないような珍しいものだそうです。
茂木の高台にある裳着神社です。
茂木という地名の由来ともなっている神社ですが、
もともとは神功皇后様が茂木にお立ち寄りになった際に、
この地で下袴をお着替えになった事が始まりだそうです。
それから読みやすい茂木という字に変更されています。
裳着神社から望む茂木の港町の景色。とてもいい景色です。
この神社の目玉は袋作りの彫刻です。通常片側から彫刻しますが、
これは両サイドから彫刻されています。
若菜川の入り江の景色です。
家には川に降りれるようステップがついていて生活に密着した様子が伺えます。
薩摩との交易が存在した事を証明する薩摩式の壁です。
とても手間がかかりそうな壁ですね。
商売の神様達がいました。
玉台寺さんです。
ここは島原の乱の際に対岸から茂木の港へ流されてくる亡骸を葬った
供養塔がありました。
茂木にはパンの名店「オロン」があります。
ご主人はかつてパリの有名なパティスリーで修行されていたらしいです。
とても美味しいパンを試食させてもらいました。
潮見崎観音からの眺めです。
海がとっても綺麗。天気が良い日は雲仙や天草が望めます。
茂木の港の風景です。
かつては400隻もの漁船が停泊していたそうですが現在では3分の2くらいまで
減っているそうです。
ゴール地点で茂木の銘菓、一○香をいただきました。
中が空洞になっているお菓子ですが、とても香ばしく噛めば噛むほどに
味がでるというのが地元の皆さんの自慢だそうです。
茂木コースは予定の時間を30分ほどオーバーしましたが、
途中試食体験(他にも河豚皮の試食等)もありお腹がとても満足なコースでした。
ご~どりっひ
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GWも今日で最終日です。
僕はGW期間中、天気も良かったのでここぞとばかりに
長崎の街をさるいてみました。
4月30日の日はコース番号4番、
「媽祖様と唐りゃんせ」です。
新地中華街の入口です。
湊公園前のつりがね堂薬局さん。
今は目の前が公園ですが埋立て前は海だったので、
釣鐘は船の上に乗せて飾っていたそうな。
唐人屋敷への入口でもある広馬場商店街の入口の門です。
土神を祀った土神堂です。
長崎では個人のお墓にも土神様を祀っていることが多いですが、
これは当時の唐寺の影響だそうです。
長崎らしく坂段沿いに商店街が昔のままの姿で今も残っています。
これは公衆浴場ですがどこか中国風です。
昔ながらの駄菓子屋さんもあります。
僕は口砂香をお土産に買いました。
航海の神様とも言われる媽祖様を祀っている天后堂です。
媽祖様と一緒に彼女の家来の妖怪?
「順風耳」と「千里眼」がいますがそのくだりのお話はとても面白いお話です。
唐人屋敷内には当時2千人から3千人の方がおられたようですが、
その中でも出身地でエリアがあったようです。
唐人屋敷はその四方を堀で囲まれていたそうです。
ここはそのお堀があった場所の名残が見れます。
ここは掘の南西の隅にあたる場所です。
緑の部分はかつて堀があったけれど現在は埋め立てている場所です。
観音堂です。
船の舳先をイメージしたオブジェ?が飾られています。
こちらは南東の隅です。
かつて南側のお堀が通っていた道がなんとなくわかります。
見渡すと東山手の見慣れた町並みがあります。
こちらは北東の隅です。もうすぐゴールかな?
福建会館です。
中国盆の時などはここで催しが行われるそうです。
建物の上には五重塔があります。
当時の人達は「星の如くここに集え」との思いでここに集っていたそうな。
こちらにもやはり媽祖様が祀られてました。
こちらの門の上にあるのは水瓶です。
火事の際には水がでたという言伝えもあるようです。
中華料理の料亭「陶々亭」です。
歴史を感じさせる土壁です。一度行ってみたいけど高いんだろうな~。
そして最後に北西の隅です。
今回は唐人屋敷で館内、十善寺界隈という事で、東山手に実家のある
僕にとっては何度も通った事がある場所がたくさんありましたが、
その割には?知らない事も多くてとても勉強になりました。
ご~どりっひ
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